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アジアの女 [観劇]


     

『アジアの女』

作・演出:長塚圭史
出演:岩松了(一ノ瀬) 富田靖子(竹内麻希子) 菅原永二(村田) 峯村リエ(鳥居)
    近藤芳正(竹内晃郎)

2006年9月28日(木)~10月15日(日)
新国立劇場 小劇場


          **********  
近未来の東京。震災に見舞われ都市機能は麻痺し、人々は混乱している。
街の片隅でひっそりと暮らす兄弟がいた。 妹は震災前に精神を病んでいたが、今は落ち着き
を取り戻し兄の面倒をみながら暮らしている。
そこへあるひとりの男が訪れ、3人の新しい生活が始まる。
多くのものを失ったあと、人間どこに向かっていくのか・・・
          **********



10月4日マチネ。開演前から場内はとても静か。年齢層もいつもの長塚作品にしては高めか。

センターに舞台。前後を客席が挟むような配置。地震で一階が崩れ、二階が一階になって
しまった建物、反対側にアパートのような建物。これも今にも崩れそう。

一人の男が舞台奥から伸びた道を歩いてやってくる。男は一ノ瀬。小説家であり、この家に
住む晃郎が担当編集者だった。 どうやら彼は小説が書けないらしく、兄妹のところにころがり
こんできたのだ。目に見えない虫が体の周りを飛び回るのが気になるらしい。

登場人物はみな少しずつ病んでいる。

晃郎は家の敷地から出ることが恐ろしく、今は仕事をせず、半ばアル中のような生活を送って
いる。

妹の麻希子は日の当たらない痩せた土に種を蒔き、芽が出る日を信じて毎日貴重な水を
忘れずにやっている。
そして潰れてしまった一階に今もまだ父親が生きているとカゴに入れた食事を穴の中に
下ろし続けている。

兄妹には妹に想いを寄せるあまり、配給物資を届けたりなにくれとなく面倒を見てくれている
警官の村田。

一ノ瀬が同居するようになってから 麻希子は鳥居という女に勧められるまま「ボランティア」と
いう仕事を始める。一ノ瀬が晃郎の飲酒を見張りつつ小説を書く毎日。

麻希子は外の世界を知るにつれ中国人の教師を好きになり、次第に目を開かれて行く。
差別を超え国境を越えた愛情に気づいてゆく。
そういう麻希子を一ノ瀬も理解するようになってゆく。

そして一ノ瀬はいつまでたっても芽が出ない土を眺めているうちに気づく。



  女は種なぞ蒔いてはいない
  それはなぜ? それは種がなかったから

  代わりに女は手紙を書いて埋めた
  土に願いが届くようになるべく深く土を掘った

  ありったけの想いを込めて女は毎日貴重な水を土にまいた
  自分ののどをうるおすことも我慢して水をまいた

  やがて願いは土に届いた
  しかし土には女の願いがわからない
  なぜなら願いの内容は書かれていなかったから

  そこで土はありとあらゆる芽や花を生み出すことに決めたのだ
  芽が出る時はもうすぐそこに来ているにちがいない



一ノ瀬にとって初めて納得のゆく作品になりそうな予感があった。
晃郎と共に喜んだその時、駆け込んできた村田によって麻希子の死が伝えられる。

「アジアの女」晃郎がつぶやく。
彼女の願いは国境をも越える願いなのだと(この部分唐突な感じがした)
妹の本当の仕事にうすうす気づきながらも外の世界へ戻ることができず、妹に頼っていた
晃郎もまた父の食事を降ろす穴を自らの手でふさぎ、外の世界へと踏み出そうとしていた。


再びの地震を暗示させる地鳴りと轟音の後訪れる闇。
明かりがついた時、舞台上には緑が芽吹いている。
命を懸けて静かに周りを変えた麻希子の願いが実ったかのように。


カーテンコールはなく、そのまま終演のアナウンス。
静かに観客が席を立つ。

 


今まで観た長塚作品とは雰囲気がずいぶんと違っている。
特に事件が起きるわけでもなく、グロテスクな場面もないし血も飛ばない。

終わった直後は印象が薄いように思った。
ところが劇場を出て、時間がたつにつれてじわじわと沁みてくるのだ。
まるで麻希子が蒔いた種が芽を出してくるように。
やや強引な部分もあるが印象的な作品だと思う。


正面最後列にケラ氏の姿があった。


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